ようやっと、2つの忘年会が終わりました。一つは婦人部で、なんだか任期の終わりの見える忘年会で、やっと少し肩の荷が下りました。あと少し。新旧のひきつぎと、二つの総会で私の大役は終わります。
長く大変な年でしたが、過ぎてみればいい思い出です。
もう一つは、次女ちゃんの部活の父兄が集まる忘年会で、また新しい”友達”が増え、楽しみました。
皆、悩みも共通だし、先輩のお母さん方からアドバイスをいただいたりと、有意義で、なかなかよかったです。
たまには親も楽しまなきゃ損ですよね。
ただいま高3の長女ちゃん。なんとか無事、地元の短大に決まりました。
そこでは、2年間に、幼児教育と保育士の資格が取れるので、卒業後は保育士か、幼稚園の先生になれます。
はじめは、新宿にある、美術系の専門学校と言ってて、夏休みに私も学校説明会にいきました。
でも、「在学中にいろんなデザイン事務所などに自分で営業しなきゃ駄目。」と話したら、自信がなく、迷っていました。
そんなとき、旦那が「こんな学校があるけどどうだ」と勧めたら、「じゃあそうする」ところっと趣旨替えされました。
実は、私は高校1年のときから、「あなたは保育士がむいていると思う」と言っていたんですが、そんなときは、「子供は疲れる」とか、「あんまり好きじゃない」とすぐに否定してたのに・・・
なんだかんだとお父さんの影響力は大きいんですね。
でも、親ばかですが、長女ちゃん、何故か内気な子にめちゃくちゃ好かれます。
ちょっと次女ちゃんを迎えに一緒に学童に行くと、長女ちゃんに始めて会った子にまで、べったりくっつかれて、帰るのが大変でした。(他の友達やお母さんには隠れたり黙ったりする子なのですが・・・)
そして、偶然ですが、長女ちゃんは、中3で、中学校の創立60周年式典に参加し、高3で、90周年式典にも参加し、今度の短大も再来年、100周年式典に参加することになります。
私も、人ごとなのに、ちょっと興奮しちゃいます。
しかも、その短大のキャンパスの中に神社があって、おみくじも引けるとか・・・
トイレもホテルのように綺麗で、図書館もとてもおしゃれな建物です。
当然、絵本や紙芝居がたくさんあって、密かに私も楽しみにしてます。
なにはともあれ、本人もすっかりその気になってるし、少し脅しと押しつけの感じはあってけど、
なんとか資格を取って卒業してもらいたいものです。
最近、ふと10代のころのことを思い出す。
娘と同じ高校生だったころの自分が見え隠れするからだろうか。
あの頃は友達が一番で、友達を守るなら先生や親、はたまた友達の親にまでくってかかっていた。
怖い物知らず・・・・今の子達以上に蒼かったと苦笑してしまいます。
そしてその頃の私は、大人のずるさ、曖昧でごまかそうとするところや、陰でこそこそ言いながら、相手に愛想をふるまうところが大嫌いで、『大人になりたくない』と本気で思っていた。
その青臭い正義感が自分で自分の首をしめて、気がつくといつも役員の長をまかされていた。
でも、いろいろ経験してくると、自分の青臭い正義感で、大切な人が傷つけられたりすることがままある。なぜ、私の放った刃は直接帰ってこないで、他に向けられるのか・・・
そんなことがいくつもあると、じぶんの言葉を出せなくなてしまう・・・
青臭い物は封じ込めて、長いものにまかれることに抵抗がなくなってしまう・・・
あの頃の自分には、今の自分はどう見えるだろうか。
青いということは、時には残酷なこともある。人それぞれ思うことはちがうのに、自分が正しいと思い込むと、相手をつい攻撃してしまう。
昔、大姑さんが、ごはんの度に子供に甘い物をくれるのが嫌で、土下座して「やめてください」と言ったことがある。その後、親戚一同から責められたけれど、それ以上にお姑さんのことを「あのとき何故止めなかった」と責めていることを聞いて、『もう二度とさからうまい』と苦い思いをしたけれど、今にして思えば、私たちはあまりにも忙しすぎて、ご飯のときにしかゆっくり顔を合わせなかったし、お年寄りは機敏には動けない。 だからご飯のときに、子供にお菓子をくれることがお婆ちゃんにとっても精一杯だったのだと思うと、自分が恥ずかしくなってしまいます。
今、青い時代を一心に生きている娘達に伝えることは、「相手が何故そんな行動や言動に走ったか、ときには相手の立場になって考えてごらん」と言うくらいです。
あの頃の私のように、「嫌いなものは嫌い!!」だけじゃあ、駄目だったと話しながら、それでも、きらきらした物を遠くに置いてきたような寂しさが、秋の哀愁をさらに深めています。
今年も10月19日に神社の例大祭が行われました。
もう家の中は前日からお祭りの料理(赤飯、いなり寿司、きんぴら、イカの煮物、里芋のにっころがし、こんにゃくの煮物、生揚げの煮物等々)で大忙し!!といっても、私が作るのは天ぷら、きんぴらぐらいで、あとはみ〜んなお姑さんがしてくれますが・・・
昔は、お祭りというと大勢親戚が集まったそうですが、今は平日ということもあり、一人、お姑さんの外孫が遊びに来るくらいなので、こんなに作っても・・・と内心思うのですが、あまりにも一生懸命作られていると、なにも言えません。
ひたすら、家族で同じ物を何度もあたためなおして食べます。赤飯は、1部冷凍にします。
この例大祭は、神社で獅子舞が奉納されます。今年は、旦那は笛の唄を唄いながら獅子舞の列に続き、長女ちゃんが笛をふき、私は婦人部として接待係と大忙し。
夜はいろんな催しものもあり、最後に抽選会などがあるから、結局21時30分までは帰れません。
獅子舞は個人個人が獅子頭をかぶり、子獅子、青年の獅子、大人の獅子、そしてだいたい還暦を迎える人が願獅子となり、それぞれ3人づつ太鼓をお腹にしばってたたきながら、踊りながら神社中をあるきます。
獅子は途中交代もいますが、小学生低学年の子の扮するささらや、中学生がする棒使いなどは、13時から16時40分まで(休憩をいれながらですが)出ずっぱりです。
本来、獅子は長男しかできませんでしたが、今は子供が少なく、男の子がいれば・・・・と言う状況です。笛も昔は男性だけでしたが、時代の流れか人手不足か女性も巫女の格好をして参加できるようになりました。
どんなにまもりたい伝統があっても、守りきれない環境もありますよね。
他の地区では、女の子が獅子を踊っていたり、よその地区から手伝ってもらいながら続けているところもあります。
いつまで守られていくか心配はありますが、私たちは私たちのできる精一杯で受け継いでいくしかないと痛感しました。
長女ちゃんのかよう高校は、ごくごく平均の(偏差値50)高校ですが、あるとき、娘があきれて話してきました。
「今日、ヒーリングの授業で、おいはぎの単語がでて、先生が「おいはぎとは高貴な人のものを盗むこと」と言ったらしく、娘が「先生、違います。旅人などから着物まで盗むことです」と言ったら、「どうしてそんなことをしなくちゃいけないのかしらね〜」と言われ、また、「隠す」という漢字が間違っていたから教えてあげたとのことです。
高校の先生といっても、万能ではないと思いますが・・・どうなのでしょうね〜
ちなみに、その先生は日本人で、若いらしいのですが。
前の席の子が振り返って「詳しいね」と言われたらしいのですが、本人も複雑だったみたいです。